つれづれ日記:カテゴリー
四十九日
今日家族・親戚が集まり父の四十九日を行いました。
父が他界し早いもので、もう一ヵ月半以上も経つんですね。時間が経つのって言うのはびっくりするくらい速いものです。
本来、正式には8月10日が四十九日なんですが、仕事などの関係上前倒しして、集まりやすい土曜日になりました。
さくらの花よ 泣きなさい 保科有里
父親の葬儀の時に掛かった曲です。
生前中は、
保科さんのファンと走りませんでした。
とりあえずCDを持っていなかったので、いつでも思い出して効けるようにYOUTUBEで探してみました。
結婚記念日
7月20日は結婚記念日です。
ということで何かしようかなぁって思っていたら夜はE-Aが幼卒園した稚園の夕涼み会に行くというので、外食は難しくなる様子だったので、一日早く
19日にいってきました。
野ふうどって言うところで、
有機野菜などこだわりの野菜の料理のバイキングでした。
前にいった時は駐車場がとめられないほどイッパイだったので、断念したので、期待していました。
味はどれもコレもさすがこだわりの食材っていう感じで、おいしかったです。
ただ、コレというものが無かったのでチョット残念だったりもしますが。
で、20日には9本バラをかってかえったんですが、
結構ていちゃんも喜んでくれたので、うれしかったです。
他の人って結婚記念日ってどんなものを送っていますか?
毎回ナニを送ろうか迷うんですよね。
父の死
2010年6月23日 水曜日 1字50分
父がその生涯を終えました。
享年は56歳でした。
当然ですが、自分の知らない面がイッパイあったって言うことを入院中の父を見たり
お通夜、告別式などを見ていて思いました。
親父は本当に良い奥さんを持ち
そして良い仲間に恵まれた人だったんだなぁって言うことが分かりました。
盲学校へ行っている時に
ある先生から
あっかの親父さんは破格だ 核が違うってよく言われました。
それを効くたびに
俺の存在が小さいことを言われているような気になり反発しました。
しかし、闘病生活そして、背負っていたものそして親父に別れをつげに来てくれた人日をと接していて本当に破格な人生・人間だったんだろうなって思いました。
父の日 あっかからおやじへ
生まれて初めて親父へ父の日のプレゼントをしました。
このプレゼントが最初で最後のものになるって言うことは親父も良く分かっていたんだろうな。
今までオヤジにプレゼントをしたことが無かったんだけど、
入院中の親父の見舞いに行くととっても何か言いたそうで言えない雰囲気をしていました。
母に聞いてみると
ずっと父の日にプレゼントをしてくれって言おうか迷っている見たいとの事。
ということで、
こちらからそれと無しに聞いてみると
靴がほしいとの事
二人からプレゼントがほしいということだったので、
兄と二人で靴をかってプレゼントしました。
ちょうど靴をプレゼントした時は外出のタイミングだったので、靴を履いて外出できたようなので、うれしかったです。
よく考えると、本当に何も今まで親孝行って言う逃していなかったんだけど、こうやって最後の最後にでも俺たち兄弟2人のプレゼントができたって言うこと、そして、ちょうど外出して履くことができたことっていうのが
神様からの恵みだって思いました。
最後に親孝行をするチャンスをくれて神様ありがとうございました。